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Vol.12 - bP
2004/07/09発行

萩原 啓介  開業5年雑感 
 
           中央皮フ科 萩原 啓介(2期生)

 平成11年に開業して5年が過ぎ、この機会にこの5年間で最も学んだことを記載してまず自分の肝に銘じ、それとこれから開業を志す勤務医の先生方や若い方々の参考にでもなればと思い筆をとりました。先輩の諸先生方や人生を深く考え歩んでこられた方々には自明のことで何をいまさらとも思われることですがご容赦を願う次第です。
 私が開業して先ず初めに直面したのは、患者さんという一人の人間に対する責任の取り方という問題です。痛み、苦しみ、痒みをもった患者さんという一人の人間が自分の眼前にいます。その人がその痛み、痒みから救ってほしい、それらを軽減してほしいと自分に求めています。開業したということはそれらを引き受けて、自分の知識、技術、創意工夫により代金と引き替えにその人の苦しみを癒すということです。それをどのようにやるか、どこまでやるかを即座に決定しなければなりません。患者さんはほとんどの場合いますぐ、この場で痛みを軽減してほしい、痒みをとりのぞいてほしいと望んでいて、1週間も1カ月もかかるような方法では満足されないからです。型どおり所見を集め検査結果を並べて鑑別診断を考え最終診断を得ます。もし最終診断に至らなくても治療のための仮診断をたてます。そして仮診断が最終診断に当たらずとも遠からずと願いながら、できるだけ効果的で侵襲の少ない方法で治療を開始します。その際患者さんにインフォームドコンセントをして、いくつかの治療の選択肢を提示し選択してもらうことが前提であるのは勿論です。こうして患者さんが約1週間後にどのような結果をもって再来されるか、またはもっとよい治療を求めてか他医のもとに去っていきもう再来されないのかというあたかも受験生が試験の発表を待つような日がきます。どのような結果であってもすべて自分の一言一句一挙手一投足が蒔いた種であって、自分で刈り取る以外にありません。
 患者さんが「なおりません」と言ってきた時はやはりショックです。まず冷静にその症例が自分の知識技術でカバーできるものかどうか考え、出来なければ二次、三次の医療機関に紹介します。患者数が少なくなるということは零細企業の医院では経営的にはこたえることですが、これは患者さんへの責任の取り方として重要なステップだと思っています。自分の知識技術の限界を感じながらもその中で治せるかもしれないと思えば、仮診断が本当に正しい診断かどうか、自分が施した治療が正しいトラックをたどっているものかどうかを自問しながら、検査を重ね、お薬をかえたり、新たな治療法を考えます。患者さんの経済的負担についても考えます。これは勤務医の先生方にはあまり念頭になかったことかと思われますが、患者さんの多くはやはりなるべく安い料金で治療してほしいと望んでいます。これを考えなければならないことが開業医の要件です。これを考えることではじめて自分を含めた人間のよって立つ「社会的経済的歴史的現実」というものがみえてきます。つまり、医師という自分も患者さんという人間もこの現代社会のなかで生きていかなければならないという現実です。現代という時代が提供できる医療技術レベルと、それを享受できる個人的経済的条件、及び医療を可能ならしめる国民健康保険などの社会医療福祉制度の問題などが、患者さんと向き合うこの小さな診察室のなかで渦巻いているのです。そこでは患者さんとの共同作業という形での治療法の選択とその実行が医師の最大の責任であり、そのために誠心誠意答えていかなければなりません。ここに医師と患者間の信頼関係の核があります。
 患者さんが「よくなりました」と言ってきた時はとてもうれしく、恋人から初めての承諾をもらった時のようです。患者さんのよりよいQOLのための注意やアドバイスをお話しして笑顔で診察室を出て行かれるのを見送る時は、医師という職業のありがたさを感じます。このあいだ国際通りで小さい子供がすれ違いに「あ、中央皮フ科の先生!」といって手を振って歩き去っていった時は、本当に「医者冥利につきるな」と思いました。