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Vol.13 - 1
2005/01/05発行

 琉球大学勤務29年間を振り返って

琉球大学名誉教授(前機能制御外科学) 古謝 景春
 
琉球大学医学部医学科同窓会に皆様、お元気でご活躍のことと思います。
 私は平成17年3月に医学部教授を退官し、同5月に琉球大学法人理事を無事退任致しました。琉球大学に勤務致しまして今日まで大過なく勤めることができましたことは、ひとえに苦楽を共にした医学部および附属病院職員・同窓会の皆様方の長年にわたるご支援の賜物と、心から深く感謝申し上げます。
 昭和51年に那覇市与儀の琉球大学保健学部附属病院(現県立那覇病院)に外科講師として赴任以来、29年間私の医師としての大半を過ごさせて頂きました。赴任早々から心臓外科手術を開始致しましたが、当時の沖縄では、心臓手術のため患者さんが本土に出かけていた頃であり、待機患者が多く、その対応に大変苦労致しました。
 昭和56年4月に医学科の一期生の入学と共に31講座のうち解剖学第一を含む8講座が設置されて琉球大学医学部医学科がスタートし、同時に病院は保健学部附属から医学部附属病院と改名致しました。昭和59年10月に西原町上原キャンパスで新病院が開院し、昭和60年3月までに順次残りの講座が追加開設されましたが、この間がいわゆる琉球大学医学部医学科並びに附属病院の創設期にあたります。昭和62年3月には第一期生を送り出したが、初回の国家試験合格率が話題となり、卒業前の短期間私を含めて主要科目の有志教官による医師国家試験対策の補講を行いましたことも懐かしい思いでであります。幸いにほかの国立大学と比較して合格率に遜色はなく、安心しましたが、最近の琉球大学医学可の医師国家試験の結果を憂える者の一人であり、学生諸君並びに関係各位の更なる奮起を期待致します。
 さて、平成17年度卒業生を含めて医学科同窓会は1800余名の医師を送りだし、沖縄県の地域医療を含めて広く日本各地で活躍しておりますことは誠に喜ばしく、短いながらも時の流れを感じております。また、私自身は日本の心臓外科の歴史50年の真っ直中で、琉球大学附属病院を拠点に多くの同僚・友人・後輩に支えられ、専門領域の発展にいささかながら貢献できたものと自負し、関係各位に改めて感謝致す次第であります。
 近代血液循環解明の祖であるウイリアム・ハーベイは著者「心臓の動きと血液の流れ」の献辞で「私が追求するのは真理だけである」と述べております。今日の医療は医療経済・安全対策・臨床研究等種々の要素が複雑に絡み合うが、その原点は「患者のための医療」であることを再確認して全ての医療が行われることを願うものであります。最後に、同窓会会員各位のご健康と更なる発展を祈願致します。